東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2467号 判決 1969年2月26日
控訴人(申請人) 福岡昭和
被控訴人(被申請人) 国際自動車株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「一、原判決を取り消す。二、(一)本案判決の確定にいたるまで、(1)控訴人が被控訴人に対し労働契約上の権利を有する地位を定める。(2)被控訴人は控訴人に対し金三一〇、三〇〇円および昭和三八年六月二五日以降毎月末日限り一箇月金四二、三三四円の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、次に付加するほか、原判決の事実摘示欄記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の追加主張
就業規則は、本来労働者の使用者に対する経済的、社会的従属関係のもとで一方的に決定された労働契約をその内容とするものであるから、労働者の解雇手続についての就業規則の規制は、解雇の労働者に与える深刻な影響を考えれば、その内容が労働基準法の定める手続よりも更に慎重であり、労働者にとつて有利であるならば、当然に使用者を拘束し、その手続を経ない解雇は無効というべきである。本件において懲戒処分を付議すべき懲戒委員会は会社の諮問機関で、会社がその答申に拘束される旨の規定はないが、就業規則が別に懲戒委員会を設けて懲戒委員会の果す抑制的機能を重視していることからみても、会社が懲戒委員会の答申を尊重し、会社の処分が事実上懲戒委員会の答申に左右されるよう運営されることが法的安定性の見地から望ましいのであるから、この手続を欠く解雇は無効であるというべきである。
二 被控訴人の追加主張
(一) 本件諭旨解雇は懲戒処分の性格を有するものではないから、懲戒委員会に諮る必要はない。この諭旨解雇の趣旨は、懲戒解雇に該当する事由がある場合に、その情状によつて通常解雇ができるということを意味するに過ぎない。このことは本件の場合においても被控訴人が退職金支給規程に基づき所定の退職金額を全額支給する措置をとつたことからも明らかである。
(二) かりにそうでないとしても、懲戒委員会は会社の諮問機関にとどまるから、その議を経ない懲戒処分も無効ではない。これは次のことからも是認されるべきである。
被控訴会社においては、従来懲戒委員会の開催に代えて労働組合との団体交渉等の形式により懲戒処分事例に関する相互の意見を交換し、実質上懲戒委員会が開催された場合と同様な機会を設けており、この慣行は久しきにわたつて労働組合の要望に即した取扱であつた(正式な懲戒委員会を開催しないことについて異議の申出があつた例はなく、本件解雇についても同様であつた)。そしてこの慣行は昭和三九年四月一日改正施行の就業規則第七五条において「懲戒はあらかじめ本人、または労組に通告し、労使いずれかの要請があるときは懲戒委員会を開催し、その諮問を経て行う。」と明文化されたのである。従つてこの観点からも形式上懲戒委員会に諮問しなかつたからといつて解雇の効力に影響を及ぼすものというべきではない。
三 立証関係<省略>
理由
当裁判所も控訴人の本件申請を失当として却下すべきものと判断するが、その理由は次に付加するほか原判決理由欄に記載するとおりであるから、これをここに引用する。
一(1) 本件解雇が就業規則所定の手続に違反するかどうかに関し、被控訴人は諭旨解雇については懲戒委員会への諮問を必要としない旨主張するが、これを採りえないことは原判決の説くとおりである。本件の諭旨解雇においては、懲戒解雇と異なり解雇予告期間をおき、かつ通常解雇と同様の退職金を支払う取扱がなされていることは弁論の全趣旨によりこれを認めることはできるが、成立に争いのない乙第一号証の就業規則によると、懲戒解雇を規定する第七二条第一項において懲戒解雇事由を列記したうえ、その第二項で「懲戒解雇に該当する者で情状により諭旨解雇に止める事がある。」と規定し、また同号証の懲戒委員会規則第一条ではこれを受けて「懲戒委員会は、組合員が就業規則第七十条乃至第七十二条の規定に牴触したと認められる場合に随時開催し、事件の審理をなし、会社の諮問に応ずるものとする。」と定めていることからすれば、就業規則上、諭旨解雇も懲戒処分の一種として規定され、懲戒委員会に対する諮問手続を要するものと解すべきことは明らかである。退職金等の取扱が右のとおりであるからといつて、これによりその本質に変更を来すものではなく、これより逆論する被控訴人の主張は当をえたものということはできない。
(2) しかしながら当裁判所も原判決と同様に本件諭旨解雇が懲戒委員会の諮問手続を経ていないからといつてそのために無効となるものではないと解するものである。懲戒手続において労働組合の関与を認めるのは会社の恣意、独断を防ぎ、組合員の正当な利益を擁護するためのものではあるが、組合の手続関与の程度、態様は各場合により強弱多様の形態があり、組合の同意又はこれとの協議決定を必要とするとのように強く右の趣旨を貫かんとするものから、単に組合の意見を聴くにとどめるという消極的なものも見受けられる。従つてそれらの手続が処分の有効要件をなすかどうかの評価においては、これをすべて一様に決すべきではなく、その手続の重要度に応じて検討すべきである。本件においては、前示就業規則の第六八条に「従業員の表彰又は制裁は賞罰委員会に諮つて会社が之を行う。賞罰委員会の構成、運営は別に定める賞罰委員会規則による。」と定め、また懲戒委員会規則第一条には前記(1)記載のように規定し、さらに同第二条において「懲戒委員会は会社組合双方より選出する各五名以内の委員を以つて構成し、委員長は会社側委員がこれに当る。」とされているのであるから、被控訴人において懲戒処分を行うには、労使双方により構成される懲戒委員会への諮問、すなわちその意見を聴取するということにとどめていることは明らかである。もとより就業規則は会社の一方的な自立規範ではあるが、ひとたびそれが定立されたときは労使双方を拘束することは労働協約に基づく場合と何んら変りはない。しかしその規定する手続が単なる諮問である以上、これに基づく懲戒委員会の答申そのものには被控訴人は拘束されるものではなく自己の判断に基づき処分することができるのであるから、その点において、処分される組合員にとりその利益擁護の手続的保障は他の場合と比較し軽度のものといわざるをえない。しかも右懲戒委員会規則の第三条には、「懲戒委員会は一般に公開しない。但し委員が必要と認めた場合は本人或は関係者を出席させ意見を聴取することが出来る。」と規定されていて、懲戒委員会に付議されても、必ずしも本人等の意見弁解を聴くことが保障されているわけではないから、この面からも本人の利益保護上さほど重視すべきものということもできない。そして懲戒処分事由については前記就業規則においてそれぞれの懲戒処分の種類に応じて詳細にその基準が示されており、また他方原審証人野口光雄、同土師稔男ならびに原審および当審証人岩崎金吾の各証言によれば、組合側においては、従来から就業規則による懲戒委員会の開催に関心が薄く、懲戒該当事件が発生したときも被控訴人からの申入れに対しこれを開かなくてもよいとして団体交渉等の形で話し合つてきたことおよび本件解雇に当つても従前の事例と同様に被控訴人から予じめ組合にこれを通告し討議していることが疎明され、当審における控訴人本人の供述によるとこれを動かすに足りない。従つて、以上の諸点を勘案すると、本件において被控訴人が自ら定めた就業規則に違反して懲戒委員会への諮問手続を経なかつたことは非難に値することではあるが、しかしこれがため直ちに本件諭旨解雇が無効となるものと解すべきではないといわなければならない。
二 当審における控訴人本人の供述中当審の認定に反する部分は措信し難く、他にこれを左右するに足りる疎明はない。
よつて、控訴人の本件仮処分申請を却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 青木義人 高津環 弓削盂)
〔参考資料〕
仮処分申請事件
(東京地方昭和三九年(ヨ)第二一三三号 昭和四一年一〇月二〇日判決)
申請人 福岡昭和
被申請人 国際自動車株式会社
主文
申請人の本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
一 申請人の申立
「(一)本案判決確定にいたるまで、1申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を定める。2被申請人は申請人に対し金三一〇、三〇〇円および昭和三八年六月二五日以降毎月末日限り一ケ月金四二、三三四円の割合による金員を支払え、(二)訴訟費用は被申請人の負担とする。」
との判決。
二 被申請人の申立
主文同旨の判決
第二申請人の主張
〔甲〕 (申請の理由)
一 被申請人(以下、「会社」という。)は、東京都港区赤坂溜池町に本店を有し、都内各所に営業所を設けて、ハイヤー、タクシーによる一般貸切旅客自動車運送業を行なつているものであつて、昭和三六年二月一日には同都目黒区中目黒所在の同業、国際同和交通株式会社を吸収合併し、これを祐天寺営業所と称した。申請人は昭和三五年八月二一日頃、右国際同和交通株式会社の商号変更前の同和交通株式会社にタクシー運転手として期間の定めなく雇傭されたが、同会社が前記のように被申請会社に合併した際、あらためて被申請会社と労働契約を締結し、その祐天寺営業所にタクシー運転手として勤務することになつた。
二 会社はその祐天寺営業所長岩崎金吾を介して、昭和三八年五月二六日申請人に対し、「数回の不祥事を惹起せしめたから運転手としての適性を欠くと思われる」との理由で、同年六月二四日付で解雇する旨の意思表示をした。
三 しかし、右解雇の意思表示は左記理由により無効であつて、申請人は会社に対し、なお労働契約上の権利を有するものである。
(一) 就業規則違反
会社の就業規則六八条によれば、「従業員の表彰又は制裁は賞罰委員会に諮つて会社が之を行なう。賞罰委員会の構成、運営等は別に定める賞罰委員会規則による」と規定され、右規定を受けた懲戒委員会規則一条には「懲戒委員会は組合員が就業規則第七十条乃至第七十二条の規定に牴触したと認められる場合に随時開催し、事件の審理をなし、会社の諮問に応ずるものとする」と規定されているが、被申請人の主張する解雇理由(後記第三、〔乙〕一ないし三)からすると、本件解雇は原告に対する制裁としてなされたと解される以上、これについては当然右規定に従つた諮問手続がなされなければならなかつたのに、かかる手続は全く践まれなかつた。
(二) 解雇権濫用
申請人は身心とも障害がなく、タクシー運転手としての運転技能も十分に備え、また、前記解雇理由にいう不祥事を惹起する等、会社の就業規則に違反する行為をしたことがなく、仮りにこれがあつたとしても解雇に値するものではない。他方、会社は申請人を解雇すべき事業上のやむを得ない都合またはこれに準じる事由もなかつた。したがつて、申請人に対してなした本件解雇の意思表示は解雇権の濫用である。
(三) 不当労働行為
1 申請人は同和交通株式会社に入社後まもなく同会社従業員の組織する同和交通労働組合(全国自動車交通労働組合連合会―以下「全自交」という。―加盟)に加入した。同組合は前記会社合併後、一時会社の大多数の従業員で組織する国際自動車労働組合(全自交加盟)の一支部を構成していたが、昭和三七年中には独立して祐天寺営業所従業員のみの組織体たる国際自動車祐天寺労働組合(以下、「祐天寺労組」という。)となり、次いで、後記経緯のうちに昭和三八年三月二三日の臨時大会の決定により、会社の一部従業員が昭和三六年頃から組織していた第二組合たる全国際労働組合(以下、「全国際」という。総同盟加盟)に加入し、その祐天寺支部となつた。右加入問題は同年二月一一日の定期大会において当時の執行部から提案され、その賛否をめぐつて右大会を大混乱に陥らせたが、申請人は執行部の意図を察知して、暴露的な反対意見を述べて、大勢を右提案の否決に赴かせ、執行部を辞任に追い込み、同時に推されて祐天寺労組の執行委員、教宣部長になつた。ところが、前執行部は新執行部に右加入問題を執拗に要求して、同年二月から三月にかけて三度臨時大会を開かせ、結局第三回目の前記臨時大会においては新執行部をして個々の組合員の生活事情等の配慮から、やむなく、右加入を提案させて加盟決定に持ち込んだ。申請人はその間において、教宣部長として早速、同月八日、二一日には機関紙「友和」を発行する等、活発な組合活動を行ない、また加盟に反対していたが、右加盟と同時に全国際祐天寺支部の職場委員、教宣部長となり、以後解雇時まで、職場で組合活動を展開した。
2 会社は全自交加盟の国際自動車労働組合の弱体化を策し、昭和三六年頃その運営に支配介入して総同盟の全国際を組織させ、その後昭和三八年にかけて、営業所単位の上部未加盟の労働組合を全国際に加入させて、これを育成することに狂奔した。会社の祐天寺営業所長岩崎金吾は、かつて会社の中野営業所に従業員として勤務中、同営業所の全自交労働組合所属の組合員をもつて、全国際の前身たる国際自動車タクシー労働組合を結成させた経歴があるが、昭和三七年中右所長に就任するや、厳しい労務管理を行ない、これがために従業員に強い不満が生じているところから、その爆発を封じるため会社の右方策に応じて祐天寺労組を全国際の統制下に置くことを企て、昭和三八年二月一一日辞任した祐天寺労組の前執行部を唆かし、その組合運営ないし活動を通じて実現しようとした。そのことは同年二月から三月にかけて右加盟問題に関して三度も臨時大会が開催され、そのため全運転従業員が業務を放棄しても、これに対してなんら警告も発せず、不服の色を示さなかつた等の事実からも窺えるのである。
かくして、岩崎所長は祐天寺労組の前記定期大会における申請人の発言ならびに申請人が祐天寺労組に初めての機関紙を発行したことに注目し、その組合活動を嫌悪し、申請人を敵視するにいたつた。
3 かれこれ比較して明らかなように本件解雇は申請人の前記のような正当な組合活動のゆえに乗客の苦情に便乗し、これを口実としてなされたものであつて、労働組合法七条一号に該当する。
四(一) 申請人の解雇に先立つ昭和三七年一一月から昭和三八年四月までの賃金支払額は一ケ月平均四二、三三四円(昭和三七年一一月分四四、八三〇円、同年一二月分四八、九二九円、昭和三八年一月分四三、三四六円、同年二月分四〇、七八九円、同年三月分三一、九〇八円、同年四月分四四、二〇二円)であつたところ、会社は申請人に対し昭和三八年五月三〇、三〇三円、同年六月二五、二一四円の各賃金を支払つたが、同年六月二五日以降は、その就労を拒否して賃金を支払わないから、その後も毎月末日限り少くとも一ケ月四二、三三四円の割合による賃金を支払うべきである。
(二) 会社は、昭和三八、三九および四〇年の三ケ年間に、全国際労働組合の組合員に対し、一人当り金三一〇、三〇〇円の賞与を支払つたから、同組合員たる申請人に対しても、右同額の賞与を支払うべきである。
五 申請人は労働者であつて会社から支払われる賃金を唯一の生活の資としていたところ、本件解雇によりその支給を断たれたため、極度にひつ迫した生活を強いられている。もつとも、申請人は現在、東京都世田谷区所在の光陽自動車株式会社に運転手として勤務しているが、それは生計維持のための一時しのぎであつて、これにより、安定した収入の途を得たものではない。また、申請人は会社に就労を申入れても、不当に拒否されているため、精神上多大の損害を蒙りつつある。したがつて、申請人の前記権利に関する本案判決の確定を待つていたのでは著るしい強暴にさらされる虞がある。まして、労働者一般の利益擁護という公共的考慮が払われるならば、申請人の権利保全の必要性があることは明らかである。
〔乙〕 (被申請人主張の解雇事由の認否)
一 被申請人主張の〔乙〕一の事実のうち、被申請人主張の日時、場所で客から春日町まで乗車を求められて、これを拒否したこと、指導委員会の指導員が右現場に居合せたこと、当時会社が右の件につき申請人を訓戒したことは認める。会社が同委員会から報告を受けたことは不知。申請人が乗車の申入を拒否したのは、疲労のため制限走行粁数の算定方法を誤り、残り走行粁数がないものと錯覚したことによるものであつて、いわゆる正当の理由なき乗車拒否に当るものではない。現場に居合せた指導員も申請人の誤算を指摘することによつて、申請人に乗車拒否の意思のなかつたことを認めた。
二 同二の事実のうち、被申請人主張の年月頃、同主張の女性客が申請人運転の自動車に乗車したこと、申請人がその際たまたま右女性の居宅所在地を知つたこと、およびその後同人と会つたことがあることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。同人の居宅所在地は、その勤務先等とともにすべて同人が自発的に申請人に知らせたものである。また、その後同人に申請人がかかわりがあるのは二、三回喫茶店で雑談した程度の事実であつて、いずれにしても会社の従業員たる地位を離れた私的な問題であるから、会社の事業運営とはなんら関係がない。
三 同三の事実のうち、被申請人主張の日時、同主張の男女二名の客を同主張の約束で乗車させて走行中、男の客が遠まわりではないかと発言したことおよび右乗客から玉川中町附近で降車のため停車を指示されたが、約二粁先の玉川用賀町まで走行して停車したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。申請人は通称玉電通りを運行したものであるが、当時右道路は工事中のため時速四〇粁以上の速度ではとうてい走れない状態であつた。また、申請人が指示された地点で停車せず、約二粁先まで走行したのは、その男の客が泥酔のあげく、乗車中絶えず「遠廻りするな。俺に文句があるのか。何が気に入らないんだ」等と言い続け、運転中の申請人の背後から、その左肩を突いたり、掴んで強く引いたりする暴行を加えたので、停車の指示に従つて、たまたま人通りが少なく淋しい玉川中町附近で停車しては危険と考え、適当な停車地点を求めて走行し、赤ランプを点灯していた玉川消防署用賀出張所を交番もしくは警察署と見誤り、その地点で停車したものである。右乗客の苦情申立が出たというが、筋違いも甚しく、むしろ非はもつぱら乗車した酔漢にあつたのであつて、申請人こそ被害者である。日常、タクシー運転手がしばしば遭遇する酔客との紛争につき、その苦情申立を一方的に取上げて解雇処分をもつて臨まれてはタクシー運転手のよく耐え得るところではない。
第三被申請人の主張
〔甲〕 (申請人の理由事実の認否)
一 申請理由(第二〔甲〕)の事実は次の点を除き認める。申請人が同和交通株式会社に入社したのは昭和三五年一〇月二三日である。
二 同二の事実は認める。
三 同三(一)の主張について。本件解雇は就業規則七二条一項に基く懲戒解雇としてではなく、同条二項に基く諭旨解雇としてなされたものであるから、懲戒委員会による諮問手続を践む必要はなかつたのである。
四 同三(二)の事実は争う。本件解雇は、後記解雇事由に基いてなされたものであつて、もとより正当である。
五 同三(三)1の事実のうち、申請人が全国際の組合員になり、その祐天寺支部の職場委員、教宣部長になつたことは認めるが、その余は不知。同(三)23の事実は否認する。
六 同四(一)の事実のうち、会社が申請人主張の年月において申請人に、その主張の金額の賃金を支払つたことおよび会社が昭和三八年六月二五日以降申請人に対し、その就労を拒否し賃金を支払わないことは認める。申請人の解雇前六ケ月の一月平均賃金受給額を算出するならば、計算の基礎につき昭和三七年一一月と一二月分を除き、これに対して昭和三八年五月、六月分を含めるべきであつて、これによると一月平均の賃金支給額は三五、九六〇円である。
七 同四(二)の事実のうち、会社が全国際の組合員に申請人主張の年間賞与を支払つたことは認める。
八 同五の事実は申請人が光陽自動車株式会社に運転手として勤務している点を除き、すべて否認する。申請人は自認するように右会社の運転手として勤務しているものであるが、右は本採用によるものであり、その受給している賃金も月額三六、〇〇〇円を下らないから、その生活は一応安定している。したがつて本件仮処分の必要性はない。
〔乙〕 (申請人解雇の事由)
一 申請人は、昭和三七年三月一七日午後一一時三五分頃東京都中央区内難波橋際で客から同都文京区春日町までの乗車を求められたのに、正当の理由なくこれを拒否した。
(東京旅客自動車指導委員会の指導員がこれを現認し、同委員会から会社にその報告があつたので、会社は申請人に対し再びこのような会社の信用を失墜する所為をしないよう厳重に訓戒を与えたにも拘らず、申請人は後記二、三の行為をくり返した。)
二 申請人は昭和三八年二月頃その運転する車に乗つた女性客、川原節子の居宅所在地をたまたま知るや、その後同人が嫌がるのに、勤めからの帰路を待ち伏せたり、同人が拒んでいるのにその独り住いのアパートに入り込んだりし、また同人がこわくなつて親戚方に身を避けたところ、その間に右アパートを訪れ、午後一〇時頃まで同人の居室のドアを開けようとしたので、同人は右アパートの経営者を通じて会社に厳重な抗議をした。これがため会社は信用を著しく害された。
三 申請人は、昭和三八年四月二一日夜米田末太郎、新道博子の両名を渋谷駅前から、世田谷区玉川中町までの約束で乗車させて走行中、右米田が遠まわりではないかと聞いたことに立腹し、猛烈な速度で走り出し、危険を感じた右両名が速度をゆるめるように頼んでも、停車するように頼んでも聞き入れないでそのまま走行し、やがて目的地附近に到つたので、両名が降車のため停車するよう指示したが、これも無視し、約二粁先の玉川用賀町まで走行して停車したうえ、降車した右両名のうち新道が三六〇円の乗車賃に対し千円札を渡して釣銭を要求すると、「釣銭などやれるか」と放言し、通りかかつた他社のタクシー運転手にすすめられて、しぶしぶ釣銭を渡した。これがため右乗客の苦情申立が出て、東京陸運局から会社に出頭命令ならびに報告書の提出命令がなされ、会社は信用を大いに失墜した。
右一の所為は就業規則七二条一項一三号に、二および三の所為は同七二条一項一〇号、一二号、七一条一項一〇号に該当するので、会社はこれを理由とし、同七二条二項を適用して申請人を予告解雇したものである。
第四疎明<省略>
理由
一 会社が東京都港区赤坂溜池町に本店を有し、都内各所に営業所を設けて、ハイヤー・タクシーによる一般貸切旅客自動車運送事業を目的としているものであつて、昭和三六年二月一日には同都目黒区中目黒所在の同業、国際同和交通株式会社を吸収合併し、これを祐天寺営業所と称したこと、申請人が遅くとも昭和三五年一〇月二三日頃には右国際同和交通株式会社の商号変更前の同和交通株式会社にタクシー運転手として期間の定めなく雇傭され、同会社が前記のように被申請会社と合併した際、あらためて被申請会社と労働契約を締結し、以後その祐天寺営業所にタクシー運転手として勤務していたことおよび会社が昭和三八年五月二六日申請人に対し、その主張の理由を示して同年六月二四日付で解雇する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。
二 以下、右解雇の効力につき検討する。
(一)申請人主張の就業規則違反の点について
1 なるほど、成立に争いのない乙一号証の会社の就業規則によると、八章賞罰の七四条には「従業員は本章(八章を指す。)によるほか制裁を受けることがない」と定めたうえ、七〇条一項には譴責の、七一条一項には出勤停止および減給、降等の、七二条一項には懲戒解雇の、各事由を列記するとともに、六八条に「従業員の表彰又は制裁は賞罰委員会に諮つて会社が之を行う。賞罰委員会の構成、運営は別に定める賞罰委員会規則による」と定め、これをうけた懲戒委員会規則には、一条として「懲戒委員会は組合員が就業規則第七十条乃至第七十二条の規定に牴触したと認められる場合に随時開催し、事件の審理をなし、会社の諮問に応ずるものとする」、二条として「懲戒委員会は会社組合双方より選出する各五名以内の委員を以つて構成し、委員長は会社側委員がこれに当る」、三条として「懲戒委員会は一般に公開しない。但し委員が必要と認めた場合は本人或は関係者を出席させ意見を聴取することが出来る」との各規定があることが一応認められるから、会社は組合の組合員に就業規則七〇条ないし七二条所定の事由該当の事実があるとして、制裁を加えるには、労使双方から構成される懲戒委員会の諮問を経なければならないものである。ところで前出乙一号証によると、会社は就業規則七二条二項に「懲戒解雇に該当する者で情状により諭旨解雇に止める事がある」と定めているが、会社が申請人を解雇するにあたつては、抽象的ながら、その理由を示し、かつ、三〇日の予告期間を置いてなされたものであることは前記認定のとおりであるとともに、後記認定のように申請人に懲戒解雇の事由があるとして右解雇をなしたものでありながら、弁論の全趣旨によれば解雇手当を支給したことが認められるから、特別の事情がない限り右解雇は右規定にいう諭旨解雇としてなされたものと認めるのが相当である。しかして、被申請人は諭旨解雇は懲戒上なされるべき諮問手続を経るを要しない旨主張するが、諭旨解雇は同規則七二条一項所定の懲戒解雇事由が存する場合に行なわれるものであり、まして同規則七〇条、七一条に規定されている解雇以外の懲戒処分、すなわち譴責ならびに出勤停止および減給、降等に比して従業員に、より大きな不利益を与えるものであることが明らかである以上、懲戒処分の一つと解するのが相当であるから、組合員を諭旨解雇にするには、やはり懲戒委員会の諮問を経るを要するものという外はない。しかるに、申請人が組合員であることは当事者間に争いがなく、申請人に対する本件解雇につき懲戒委員会の諮問を経たことの疎明はないから、右解雇は手続上、就業規則に違反したものといわなければならない。
2 しかしながら、会社の定める懲戒委員会の制度は、会社の懲戒処分が恣意、独断に流れず、公正、妥当に行なわれることを期するため、組合員の利益を擁護する組合と意見を交換、討議する機関を設けたものと解されるにしても、前出乙一号証の就業規則上、会社が懲戒委員会の答申に拘束される旨の規定は見当らないので、懲戒委員会も結局、会社の諮問機関にすぎず従つて、また特別の規定がない以上、その議を経ることをもつて懲戒処分の有効要件とする趣旨には解し得ないから、本件解雇が手続上、就業規則に違反したからといつて、それだけで直ちにこれを無効とすべきいわれはなく、たかだか解雇権の濫用もしくは不当労働行為の成否の判定上、一つの目安となる場合があり得るにすぎないのである。
(二) 申請人主張の解雇権濫用の成否について
1 この点の判断にあたり、まず被申請人主張の解雇事由につき検討する(以下認定の事実のうち、当事者間に争いのない点は『 』で示す。)
(1) 証人岩崎金吾の証言により成立の認められる乙四号証および同証言ならびに申請人本人尋問の結果、(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、『申請人は昭和三七年三月一七日午後一一時三五分頃東京都中央区内難波橋際で客から同都文京区春日町まで乗車を求められたのに、これを拒否し、』その場に居合せた東京旅客自動車指導委員会の指導員から注意、指導を受けたが、走行制限粁数(三六五粁)の残がないためと、その理由を告げて拒否した旨弁明し、現実には走行制限粁数の残がまだ一〇〇粁以上ある事実を指摘され、運転日報を見誤つていたと陳弁したこと、しかして、会社のタクシー運転手の乗務時間は午前七時三〇分から翌日午前二時までであつたこと、右乗車拒否の時刻と乗務終了時刻、また走行制限粁数とその残余との各対比から推して、申請人の右陳弁は事実にそうものではなく、単なる弁解に止るものであつたこと、なお、会社は同月二六日右指導委員会から右現認状況の報告を受けたので、祐天寺営業所長岩崎金吾において申請人に始末書を提出させて訓戒を与えたことが一応認められる。申請人は事実疲労のため制限走行粁数の算定を誤り残り走行粁数がないものと錯覚して乗車申入を拒否したのであつて、指導員もこれを首肯した旨を主張し、その本人尋問の結果中には右主張に符合する供述があるが、右供述部分は措信することができない。してみると、ほかに特別の事情がない限り、申請人の右乗車申入の拒否は正当理由によらないものであつたと認めるのが相当である。
(2) 成立に争いのない乙五号証、前記岩崎証人の証言により成立の認められる乙二号証、および右証言ならびに証人佐貝宇市証言によれば、『申請人は、昭和三八年二月頃その運転する車に女性客、川原節子が乗車した際、たまたま同人の居宅所在地を知り、』また、その勤務先も知ると、その後同月中、四回いずれも午後一〇時過、同人の勤め先たる同都世田ケ谷区三軒茶屋所在「緑屋」(百貨店)附近で、同人の勤め帰りを待ち伏せ、一度目には同人が断わるのに土産物を無理に手渡して、しきりに誘惑し、同人をして困惑の末、やむなく同都渋谷区内の喫茶店に同行させ、四度目の同月二六日頃には、同人が断るのに、執拗に誘惑し、同人が恐れを感じて同都渋谷区内の喫茶店に同行したところ、その帰路同人の乗車したタクシーに乗込み、右タクシーを代々木方面に走行、一軒の旅館附近に停車させたうえ、同人を無理に降車させようとして、その腕や着衣の襟を引張つたが、同人が必死に車に掴つて応じなかつたので、右タクシーで同人の居宅たる同都世田ケ谷区三軒茶屋のアパート「佐貝荘」まで、同人に付いて行き、同人が居室に入つて素早く室内の鍵をかけると、そのドアを叩き、また鍵をガチヤガチヤさせて「開けろ、開けろ」と言つたこと、これがため同人は恐怖を感じて、その翌日頃妹の嫁ぎ先に身を隠し、右アパートの管理人、佐貝宇市に電話で右事情を告げて相談したので、右佐貝は同年三月一日会社の祐天寺営業所に電話で厳重な抗議をしたことが一応認められ、申請人本人尋問の結果をもつてしても、右疎明は動かない。
(3) 岩崎証人の証言により成立の認められる乙三号証および同証言、証人米田末太郎、新道博子の各証言ならびに申請人本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、『申請人は同年四月二一日夜、米田末太郎、新道博子の二名を同都内国電渋谷駅前から同都世田ケ谷区玉川中町までの約束で乗車させて、』同都渋谷区大和田町方面から西行し、目黒区内玉川線(路面電車線)大橋停留所、同都世田ケ谷区内同線駒沢停留所を経由して目的地に向つたが、その間に大橋停留所附近を進行中、米田が遠まわりではないかと言つたところ、これに憤慨し、「この道、通らなきや、どの道通るんだ」と荒い口調で返答し、道路の状態が悪いのもかまわず、速度をあげ、駒沢停留所附近から右玉川線を離れ、左折南下する頃から凸凹の道路状態とあいまつて、車体が激しく動揺するため、その天井に乗客の頭が当りそうになるほどの高速で走行し、右米田、新道の両名が身の危険を感じ、降車しようとして、こもごも何度も停車を求めたが、これを無視して走行し、更に目的地たる『玉川中町附近で右両名が降車のため停車を指示したのに、同地点から約二粁先の同区玉川用賀町まで走行して停車した』が、玉川中町附近から右折北上する間も、依然右同様の高速で進行し、玉川用賀町に入る手前の前記玉川線との交叉地点では一旦停車するどころか、進行道路が山なりになつているのを無視して突進したこと、しかして右停車地点は玉川消防署用賀出張所前であつたが、その後、申請人は右米田が、このような地点に停車されては料金をおいそれとは払えない旨を告げたところ、車外で同人の胸ぐらを掴みながら「料金を踏み倒すのか」と詰寄つて、口論を起し、右新道が煩を避けようとして、料金三六〇円位の支払のため差出した千円札を受取つても、その釣銭を返さず、同人が催促すると、「こんな真夜中に時間かけて、ここまで来て釣銭など渡せるか」と言つて拒否し(これをみて一方、米田は附近の玉川消防署用賀出張所に赴き、電話を借用して一一〇番に事情を訴えた。)、通りすがりの他社のタクシー運転手から「お釣を払わないとまずいよ」という勧告を受けたので、ようやく新道に釣銭を渡して、立去つた(同夜米田の右電話を受けた警察官はパトロールカーで出動し、その後走行中の申請人に停車を命じて事情を聴取し、また会社にも同目的のため立寄つた)こと、右米田は憤懣やる方なく、右の件につき翌二二日東京陸運局に申出で、ついで、会社の祐天寺営業所に口頭で苦情を申立てたこと、右陸運局はその後間もなく右営業所長岩崎金吾に出頭を命じ、右の件につき、その始末を叱責し、かつ今後の従業員に対する指導強化を勧告したことが一応認められ、右認定に反する限度で申請人本人尋問の結果は信用することができない。申請人は指示された地点に停車しなかつた経緯が専ら乗客の米田の態度に起因した旨を主張し、申請人本人尋問の結果中には、米田が酒に酔つて申請人の車に乗り、申請人が新道の指示により玉川線駒沢停留所附近から左折進行した折にも、申請人に「おい、運ちやんずい分遠まわりするじやないか」と言い、その後も新道に「これじや遠廻りだ」とか、「こんなんじや金なんか払えない」とか繰返して言い、申請人が新道の指示により玉川中町附近で、停止すべく速度を緩めると、「この野郎、さつさと停めろといつたら、停めるんだ」と言いながら、申請人の左肩に手をかけて強くゆさぶつたので、申請人は米田の語調、態度から人通りが少なく人家もまばらな同地点で停車しては、米田から暴力を振われ、また料金の支払も得られないのではないかと懸念し、警察官の立合でも得て、話を付けようと思料し、そのまま進行し、たまたま赤ランプの点灯していた玉川消防署用賀出張所を交番もしくは警察署と見誤つて、その前で停車した旨の供述があるが、右供述中、米田の乗車中の言動に関する部分および右言動が供述内容の懸念を抱かせるものであつたとする部分は米田、新道各証人の証言に照して、信用することができない。一方、申請人が玉川中町二丁目で停車を求められるまで運転走行した情況およびその後の走行情況は前記認定のとおりであつて、常軌を逸した無謀運転、指示無視に終始している以上、申請人が米田らを降車させる際、警察官の立会を望む考えに至つたとすれば、その心理過程に首肯しがたいものが残るから、その供述中、申請人の内心に関する部分も、にわかに信用することができない。ほかに右主張を肯認すべき疎明はない。
2 しかして、前掲乙一号証の会社の就業規則には、「顧客に対し不満を与え、又は憤怒せしめた者」は出勤停止または減給、降等の処分を受ける旨(七一条一項一〇号、二項)、「従業員としての本旨に悖り多大に会社の信用を失墜させた者」(七二条一項一〇号)、「前条(七一条を指す)各号に該当しその情状重い者」(同項一二号)は懲戒解雇の処分を受ける旨(七二条一項)が、各規定されているが、申請人の右1の(2)および(3)の所為は、いずれも会社のタクシー運転手として乗車させた顧客に対してなしたものであつて、前記認定の事情からすると、それぞれ、これにより右各乗客の憤懣を買うとともに、タクシーによる旅客運送を業とする会社に対する乗客の信頼感を大いに失わしめたことを推認するにかたくないから、会社として、その企業の秩序維持上、看過できない面があることを否定し得ず、結局、右に示した就業規則七二条一項一〇号および一二号(七一条一〇号)に各該当するものというべきである。申請人は右(2)の所為は会社の従業員たる地位を離れた私的な問題であつて、会社の事業運営とは関係がないと主張するが、右所為はタクシー運転手としての運転業務中に行なわれたものではないにしても、その顧客に対し、ことさらに接触の機会を作出して行なわれたものであるから、会社の企業秩序と離れた私的な問題では済まされるものでないことは多言を要しないのであつて、右主張は理由がない。
次に、被申請人は申請人の右1の(1)の所為自体をもつて、会社の就業規則七二条一項一三号に該当すると主張するが、前掲就業規則には七二条一項一三号として「懲戒を受けたに拘らず改悛の見込のない者」は懲戒解雇の処分を受ける旨を定めているのであつて、申請人の右所為だけでは当然に右規定に該当するものとはいえないことは明らかである。考えてみるに、被申請人は申請人が右所為につき会社から始末書を徴して訓戒されたことを捉えて右規定にいう懲戒を受けたものとし、しかるに同(2)および(3)の所為が重ねられた点から、申請人を右規定にいう改悛の見込のない者とし、結局、右(2)および(3)の所為が右規定に該当すると主張するものと解されないではない。しかして、右就業規則には七〇条二項として譴責は始末書を提出させ訓戒すると定められているから、前記認定のように申請人が右(1)の所為につき会社から始末書を提出させられ訓戒されたことは右規定にいう譴責処分であつて懲戒を受けたとも解されるようであるが、右所為が右就業規則七〇条一項の譴責事由のいずれに、いかなる根拠で該当するのか、右就業規則を通観しても今一つ明らかではない。従つて右主張はこの点から採用することができない。
しかし、いずれにしても、右(2)および(3)の所為はさきに説示したように就業規則上、懲戒解雇事由に該当するから、他に特別の事情がない限り、申請人はこれに基き懲戒解雇の処分を受けても、やむを得なかつたものというべきであつて、申請人に対する本件解雇の意思表示が、いわれなくしてなされた解雇権の濫用であるとする申請人の主張は排斥を免れない。
なお、成立に争いのない甲四号証によれば、申請人は昭和三八年六月一日会社から昭和三七年度年間における無事故運転により表彰されたことが一応認められるが、その事実をもつてしては以上の判断を動かすに足りない。
また、右解雇は右(一)に説示したように懲戒委員会の諮問を経ないでなされた点において就業規則に違反するが以上のように歴然たる懲戒事由が存する場合には、右手続違反はそれだけで解雇権の濫用を構成するものではない。
(三) 申請人主張の不当労働行為の成否について
1(1) 申請人の組合活動
証人野口光雄の証言により成立の認められる甲一ないし三号証および右証言、証人土師稔男、吉村三郎、岩崎金吾の各証言ならびに申請人本人尋問の結果によれば、申請人は、前記会社の合併後、会社の多数従業員が組織する国際自動車労働組合(全自交加盟)の祐天寺営業所を単位とする支部に加入し、その後右支部の組織分裂に伴い一時右組合を脱退したが、昭和三七年中から右営業所の従業員が右組合から独立して組織する祐天寺労組に加入していたこと、しかして、昭和三八年二月一一日祐天寺労組の定期大会において当時の執行部から会社の一部従業員が組織する全国際(総同盟加盟)に加入すべき旨の提案がなされ、組合員間に賛否の紛議を起したが、その際、申請人は執行部を個人攻撃にわたりながら批判して右提案に反対する旨の発言をし、結局右提案は否決されて、執行部が辞任したため、その改選が行なわれ、申請人は執行委員、教宣部長に選出されたこと、その後申請人は祐天寺労組の教宣部長として、同年三月一八日、二一日付をもつて、機関紙「友和」一、二号を発行したこと、その間に、前執行部を中心とする全国際加盟賛成派は、同年二月二四、二五日の明番会において右加盟問題討議のための臨時大会開催を動議として提出し、執行部をして同月二八日臨時大会を開かせたものの、結局、右大会においても右加盟を否決されたが、新執行部は組合員間に紛議の長びくことを避ける見地から、自ら右加盟を提案すべく決定し、同年三月一三日の統合職場会において右提案を行ない、同月一五、一六日の明番会による投票の結果、これが可決され、同月二三日全国際中央委員会の決定によりこれを承認されたこと、かくして、祐天寺労組の組合員は同年四月四日の大会で全国際裕天寺支部を組織し、これと同時に『申請人は職場委員、支部教宣部長に選出されたこと』が一応認められる。
(2) これに対する会社の反応の有無
前記土師、吉村、野口各証人の証言および証人崎山宏明の証言によると、会社祐天寺営業所長岩崎金吾は、あたかも祐天寺労組において全国際加盟が問題になつていた昭和三八年二、三月頃右営業所の親睦旅行や新入運転手との座談などの機会に、一部の組合員に全国際に加入すべきことを説き、また会社の掲示板に全自交は会社を潰す旨の記事が載つた業界新聞を掲示したこと、これを推すときは、岩崎所長は当時祐天寺労組の全国際加盟問題に多大の関心を寄せ、その実現を望んでいたことが一応認められ、岩崎証人の証言をもつてしても右疎明は左右されない。
しかしながら、岩崎所長が全国際の前身たる国際自動車タクシー労働組合を結成させた経歴を有し、労務管理に対する祐天寺労組の組合員の不満爆発を封じるため、会社の方策に従い祐天寺労組を全国際の統制下に置くことを企て、祐天寺労組の前執行部を唆し、その組合運営ないし活動を通じて実現しようとしたという申請人の主張事実は、これを認めるに足る疎明がない。なるほど前記認定のように祐天寺労組で全国際加盟問題に関し、臨時大会、統合職場会が重ねられたのに、岩崎証人の証言によつても、岩崎所長は右大会などの開催につき抗議しなかつたことが一応認められるが、この事実から、にわかに同所長が申請人主張のような方法で祐天寺労組の全国際加盟を実現しようとしたものと推認し得るものではない。
一方、右全国際加盟問題は前記認定のように同年二月一一日の定期大会、同月二八日の臨時大会において前執行部ないしこれに同調する者の提案にも拘らず否決の運命をみたが、それは申請人ひとりが反対したことによるのではないことを自ら示すものであるが、全国際加盟が可決されるに至つたのも前記認定のように、申請人を含む新執行部が自ら提案した結果であつたし、また申請人が発行した前出甲一、二号証の機関紙「友和」の内容をみても、右全国際加盟問題その他につき格別会社を刺激するような事柄の記載はないから、岩崎所長ないし会社がひとり申請人の組合活動のみを嫌悪するに至るべき必然性に乏しい。
2 しかして、また会社は申請人を解雇するにあたり、手続上前記のような就業規則違反を犯したにしろ、その実情をみると、前記岩崎、土師、野口各証人の証言によれば、会社の祐天寺営業所長岩崎金吾は、昭和三八年四月二二日米田末太郎の苦情申立により申請人の前記(二)、1、(3)の所為を知り、米田の同乗者新道博子に電話して問合せたところ、米田の右申立と合致したので、翌二三日申請人から事情を聴取し、半ばこれを肯定する返答を得たこと、そこで、同所長は同日以降、申請人に下車勤務を命じる一方、その後一週間以内に全国際祐天寺支部の本部執行委員土師稔男、同支部長野口光雄に申請人の右所為による解雇の可能性を告げ、その後、右土師らとの折衝の間に申請人の右同(2)の所為をも明らかにしたこと、その後右所長はたえず、土師らと討議したが、会社から、そのタクシー課長渡辺某を通じて指示があつたので、これに従い申請人に解雇予告を通告したこと、その間、全国際祐天寺支部は右(3)の所為に重点を置いて調査するとともに、申請人の救済を求めたが、これが容れられなかつたため申請人に対する右解雇予告後の同年六月になり全国際の本部に問題を持ち上げたことが一応認められるのである。
すなわち、会社は申請人の解雇につき実質的には組合の意見を聴取しているのであつて、ことさらに申請人処分のため事を急いだものではないと認めるのが相当である。
3 それならば、会社が申請人に対してなした本件解雇処分は前記のような明白な解雇事由が存する以上、申請人の組合活動を理由としてなされたものであり、もしくは、これがなければ、なされなかつたものであるとは、たやすく認めることができないから、申請人の不当労働行為の主張は理由がない。
三 以上の次第で、本件解雇の意思表示を無効と判断することができず、申請人の本件仮処分申請は結局、被保全権利の存在につき疎明がないことに帰するが、保証を立てさせて認容するのも相当ではないから、これを却下することにし、申請費用については民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎 高山晨 田中康久)